2015年11月22日日曜日

『アナと雪の女王』のクリストフはフィンランドに今も住むサーミと呼ばれるトナカイ遊牧民で、私と同じ北方漢族の騎馬民族の遺伝子M8グループだ。何とファンタジーのある話しだろうか?

サーミ人は、スカンジナビア半島を中心に住む先住民族で私の遺伝子のルーツでもある。今回のHAPROの検査で解ったことはM8(日本人の3%)という北方漢族の騎馬民族だったこと。それ以前はフィンランドに今も住むサーミと呼ばれるトナカイ遊牧民の人々がルーツだと解った。一度同じルーツの先祖に会うために訪れてみたい。
















最近サーミ人を調べていく内に『アナと雪の女王』はなぜ民族差別的だと非難されるのか?という記事に出会った。映画『アナと雪の女王』は民族差別的であると批判し、アナ雪の制作陣がサーミ人のアドバイザーを一人たりとも置かなかったことを問題視された。映画の中のクリストフは支配層に踏みつけられ搾取されてきた少数民族だ。














アナ雪のヒロインは支配層の最上位であり、クリストフの衣装は先住民族サーミ人の衣装が大きく影響している。ではなぜクリストフはなぜサーミ人でなければならなかったのか? サーミの人口が最も多く、且つ歴史的にサーミ人への弾圧が激しかった国が、アナ雪の舞台となったノルウェイだ。サーミ人は少し前まで「ラップ人」という蔑称で呼ばれていた。ニュアンス的には「土人」に近い侮蔑語だ。 















実際サーミ人のクリストフは随分と搾取されている。道案内の依頼だったはずが、途中からレスキュー隊員役、支配層であるアナと関わって余計に貧困に陥っているそして、財産をごっそり失って身一つになってしまったクリストフは、何の報酬も支払われないまま厳寒の戸外に締め出され、野垂れ死に寸前にまで追い込まれる。
http://semimaruclimb.hatenablog.com/



2015年11月21日土曜日

未来は誰にも解らないし、長期的なビジョンは実は誰も持っていない。その根拠は30年前にNTTが民営化された後、インターネットがポケットに入るスマホがこんなに普及することですら1986年には、誰も思っていなかっただろう。

私は未来人とか宇宙人とかエイリアンとか呼ばれるときがある。レクチャーなどでも聴講者の方は私のような高齢でアグレッシブな人間を見たことが少ないのか?驚かれることがある。かつて年寄りは保守的で若者は進歩的であるような誤解があったのだろう。

















「世界の作家や研究者たちが予想する西暦3000年までの未来予測」の一部から。まずは2101年~2200年。占いより当たるかもしれないというレベル技術革新の予想はある程度当てになるが、それを受け入れるかどうかは解らない。

















・ありとあらゆる体の臓器が交換可能になり、120歳を超えても若者と同じ見た目になることも可能になる。ほとんど病気を事前にわかり、回避できるようになる。

・人体冷凍ビジネスがブームに。死ぬ前に「22世紀は楽しんだ、今度は23世紀を楽しみたい」と希望すれば、記憶そのままに23世紀に解凍してもらうことが可能になり、人生を二度楽しめるようになる。

などなど、まるでISの自爆テロを行えば来世は美女に囲まれて幸せな人生をおくれる。などと誘惑する言葉と代わらない。
http://viper.2ch.sc/test/read.cgi/news4vip/1423643763
















元グーグル米国本社副社長村上憲郎さんは、「長期的なビジョンほど、誰にも見えていないと思います。それは、ちょうど30年前に、電電公社が民営化されました。その後、携帯電話がこんなことになること、インターネットがこんなことになることは1986年には、誰も思っていなかっただろう。と語っている。

未来研究所など、未来ビジョンを見ると、いつも違和感を感じる。1980年代に1億円したコンピュータとほぼ同等の機能がポケットに入るスマートフォンに入る未来を、かつて誰かが提示したのだろうか?











そういう意味合いにおいて、長期ビジョンは「誰も持っていない」と思う。なぜかと言うと、この電電公社の民営化以来、30年間で起こったインターネットような事が、これからの30年、あるいは10年ぐらいで、電力システムの周辺で起こる。













電力システムを支えることになるインフラがスマートグリッド(電力網と情報網が論理的に寄り添っている)だとするならば、それは電力網と情報網を束ねたものだからである。情報網を運用している通信会社はそれに最も近いところにいる。

















1995年以降のインターネット時代に匹敵する大きな革命が起こる。電力システムの周辺でも、遅くとも東京オリンピックの前後から見えてくる。スマートグリッドの情報網は、本質はインターネットなので、現在電力網に接続しているモノは将来、すべてインターネットに接続することになる。
http://www.amateras2011.jp/2015/08/07/




2015年11月20日金曜日

先月SFのApple本社に行き、デザイナー2人と会った。そのときに「自動車作るの?」といたずらに聞いてみた時の反応と「アップルが車を作っているという噂は本当だと思うか」と言う問いの意味。

先日SFのApple本社に行き、デザイナー二名とお目にかかった。そのときに「自動車作るの?」と聞いてみた。もちろん先方が答えるわけが無いことを承知であえて聞いて反応を見たかったのだ。もちろん言えるわけ無いだろう。という表情、、、、

作っていることを確信した。元Audiのデザイナー和田智さんがApple本社のデザイナーを訪問し会食したときにも全員が車好きだと答えたそうだ。そしてアップルの副社長Marc Newsonも車を作りたくてしようがない人だ。
Marc Newsonがデザインした「O21C」

「アップルの電気自動車」プロジェクトを率いるのは、Ford社の前エンジニアで「iPhone」等の開発に貢献したスティーヴ・ザデスキーだと報道されている。現在アップルにいるデザイナー、マーク・ニューソンがFord社のためにデザインしたコンセプトカー「021C」も紹介。http://wired.jp/2015/02/16/apple-making-car/

Appleはコードネーム「Titan」というプロジェクトに数百人の従業員を従事させているそうだ。同プロジェクトを率いるのは、Ford社の前エンジニアで「iPod」や「iPhone」の開発に貢献したスティーヴ・ザデスキーだという。
AppleCarと噂されているモックアップの中でも信憑性が高い画像














そういう背景の情報を集めたうえで、SF在住のコンサルタント渡辺千賀さんがT社に聞いた話が面白い。以下要点のみを転載。
http://chikawatanabe.com/2015/11/18/onramp2015/
「アップルが車を作っているという噂は本当だと思うか?」と聞いてみた。「ソフトだけ。ハードとしての車を作ることはないと見ている」という予測でちょっと驚いた。今回の研究所も含めシリコンバレーにここまでコミットしている会社ですらそうなのか・・・と。

アップルの売りは「ハードとソフトの一気通貫」だ。iOSが載っているスマートフォンはiPhoneだけ。ソーキンによるスティーブ・ジョブスの映画でも、Macがend-to-end closed systemでユーザは筐体を開けることすらできない、というのが最初のエピソードでフックになっている。

もちろんもうジョブスはいないわけだが、なんといってもアップルは「金ならある!」という状態である。実に2000億ドル、24兆円の現金保有高で、まぁ数兆円くらい自動車開発に投入しても問題ありません。そしてアップルのこれまでのやり方をみれば、ハードごと丸ごと作っている可能性は大いにある。

すでにプロジェクト名とか担当者とかいろいろWikipediaにも載っている。イーロンマスクは「Teslaでクビになったダメ社員がいくのがAppleだ」と言っているが、要はTeslaからAppleに移っている人がたくさんいる。ベンツのシリコンバレーR&DのトップもAppleに転職したし。知人がパロアルトで髪の毛を切っていたら、横の男性が「最近Appleに転職してデトロイトから引っ越してきた」と語っていたそうな。
http://chikawatanabe.com/2015/11/18/onramp2015/
CHIKAWATANABE シリコンバレー在住。起業や投資、事業開発での日米企業間アライアンスや戦略立案を行っている。
職歴:三菱商事・マッキンゼー・ネオテニー・JTPA設立メンバー



2015年11月19日木曜日

マクルーハンは、「われわれはバックミラーを通して現代を見ている。われわれは未来に向かって、後ろ向きに進んでゆく」と述べている。

最近マクルーハンのメディア論が気になってしようがない。彼が生きた時代のメディアの主役はテレビだったのに、「電気文明は世界を村落に変える。」など語っているが、これこそインターネットのことでしかない。ネットは村どころでは無い。繋がっていれば感覚的には隣の部屋の距離でしか無い。書籍「デジタルマクルーハン」/服部 桂 (翻訳)自体がインターネットの出現と、その影響力まで書いているようにしか思えない。

マクルーハンは、「われわれはまったく新しい状況に直面すると、つねに、もっとも近い過去の事物とか特色に執着しがちである。われわれはバックミラーを通して現代を見ている。われわれは未来に向かって、後ろ向きに進んでゆく」と述べている。これは、メディアの進化に関してどのような意味をもっているのだろうか?メディアの歴史をたどってみれば、その例はいくつでも見つけることができる。

例えば、電話は最初「話す電報」と呼ばれていた。自動車は「馬無し馬車」、ラジオは「無線機」という具合だ。どの場合においても、バックミラーの直接的な影響は、新たなメディアの最も重要かつ革命的な機能を部分的に不鮮明にするものだった。マクルーハンは、旧いメディアは新しいメディアのコンテンツになり、そこで新しいメディアと誤解されるほど顕著にその姿を現わすことになることを指摘した。

これはバックミラーの解釈の一つで、私たちの注目を前方から来て目の前を通しすぎたばかりのものへと向け直すものだ。例えば、彼のグローバル・ヴィレッジという概念もまた、もちろんそれ自体がバックミラーだ。つまり、新しい電子メディアの世界を古い村の世界を参考にすることによって理解しようという試みだった。

「ウェブは、新旧のいろいろなことを新しい方法で実証できる場であり、バックミラーの紛れもない宝庫だ」と著者はいう。例えば、インターネットでリアルオーディオを聴くとき、それをラジオと考えることもできる。インターネットで調査するとき、それは図書館を利用しているかのようだ。オンラインのチャットルームは、カフェと同じようなものだと感じる。















この有名な写真をアーウィットのとらえる決定的瞬間は、観る側をその場にひきこむかのような魅力にあふれている。さらに言えば、とてもハッピーなシチュエーションが多い。キスする男女をバックミラーでとらえた、フェアグラウンド・アトラクションのアルバム・ジャケットを飾った有名な写真。
http://ism.excite.co.jp/art/rid_Original_05623/pid_2.html
http://mediaresearch.blog.jp/archives/1807983.html

2015年11月18日水曜日

「一点ものに固執したアート」はその社会的な影響力を失いつつあった時代。ウォーホルは、広告の姿を引用して、見事にアートを救済した。杉山恒太郎


株式会社電通常務執行役員を経て、現在、株式会社ライトパブリシティ代表取締役副社長。小学館「ピッカピカの一年生」セブン-イレブン「セブンイレブンいい気分」等広告の名作を生み出した杉山恒太郎。なんて素敵な文章だろうか?自分の文才のなさに嘆きつつ杉山恒太郎という人の言葉に対する研ぎ澄まされた感性には脱帽するしかない。

以下は、日経新聞の ” 新聞広告は、かつてLPレコードのジャケットにも似た、アート表現のメディアでもあったのだ。広告は時に憧れのアートに姿を似せて市場を煙に巻くし、アートは時に記号性や明瞭さを必要として広告的な姿をとる。

























”近代工業社会の急襲によって写真や映画、テレビや広告、そして日常を埋め尽くすマス商品に囲まれ、「一点ものに固執したアート」はその社会的な影響力を失いつつあった時代。ウォーホルは、広告の姿を引用して、見事にアートを救済した。
http://www.nikkei.com/



2015年11月17日火曜日

ミニスカートは1960年代以前は存在せず当時は世界を覆ったイノベーションだった。ミニスカートの流行は、その後の世界の価値観を大きく変えた一つのアイテムだ。

11月13日金曜日に、世界を震撼させるテロ事件がパリで起き120名を超える死亡者が出た。そういう流れもあってか、考えることがあって昨日たまたまベルトルッチ監督の「ドリーマーズ」を見た。1968年パリ。政府に対し学生が蜂起するという政治情勢の中、ディカプリオに似ているマシュー (マイケル・ピット) は、イザベル (エヴァ・グリーン) の双子に出会う。

両親がいない間に、テオ、イザベル、マシューの3人は、どんどんセクシュアルな関係を深めていく。自らヌーヴェル・ヴァーグの一員だと自称するベルトルッチらしい映画。当然イザベル (エヴァ・グリーン) はその時代の象徴としてのミニスカート姿を披露する。






















1960年代はプレタポルテの台頭と若者のストリートファッションの影響も強くなっており、その典型的アイテムが『ミニスカート』だった。1960年代後半に世界的に大流行するミニスカートはロンドンのデザイナーマリー・クワントが若者向けに売り出したことで流行するようになったと言われている。





















1965年にはイギリスのアンドレ・クレージュがオートクチュールでミニスカートを発表しツイッギーが着用してブームを呼び起こし、これによりミニスカートは世界中に広がった。

つまりミニスカートはそれ以前は存在して無く当時はイノベーションだった。ミニスカートの流行したこの時代は、東名高速道路全通/アポロ11号月面着陸/大学紛争/東大安田講堂陥落/東大入試の中止など波乱が起こりその後の世界の価値観を大きく変えた。
http://www.geocities.co.jp/
https://ja.wikipedia.org/



2015年11月15日日曜日

原研哉がたびたび言及する高野孟のパチンコ台と日本文化論。ユーラシア大陸を90度回転させてみると、ユーラシア大陸はパチンコ台に見立てることができる。日本はパチンコ台の受け皿だった。
















原研哉の新著『日本のデザイン』を改めて読んだ。著者が東日本大震災を機に、「少子高齢化を迎える社会の行方について実践的に書いた」一冊だ。プロダクトデザインそして社会デザインに興味がある向きには必読の書と言える。
































あらためて印象に残るのが、原研哉がたびたび言及する高野孟のパチンコ台と日本文化論。ユーラシア大陸を90度回転させてみると、ユーラシア大陸はパチンコ台に見立てることができる。

日本はちょうど受け皿の位置にくる。一番上の方にはローマ。文化はシルクロードを通って、中国、朝鮮半島を経て、日本に文物が伝わったと、一般的には言われている。

















インド経由で東南アジアから海のシルクロードを通ってきたものも当然あるだろうし、ロシアのほうからカムチャツカ半島や樺太を経て入ってきたものもある。椰子の実のように、ポリネシアの方から漂着したものもある。つまり、日本というのは世界中の文物の影響にさらされてきた。



























浮世絵の源流は蘇州版画という説もある。相撲の源流はモンゴルだろう。歌舞伎の原型は京劇かもしれない。瓦の語源は、サンスクリット語の迦波羅「カパーラ」がなまったようだ。

















シルクロードの終着駅といわれ、古文書をはじめ、服飾品、調度品、楽器など、8千点を越える宝物を収蔵している正倉院の宝というものはすべて渡来のモノだ。東南アジアで産出される沈香と呼ばれる高級香木も、ルイヴィトンのモノグラムそっくりの琵琶もインドからきたようだ。






















世界は「複雑」からできあがっているので、インドネシアのものが漂着しても、中国のものが漂着しても、みんな「複雑」だ。強い国は、その威を稠密な文物にたくしてよこしてくるので、端っこの日本にはそういうものが集まりやすい。
伽羅香木












日本人も唐物とか到来物とかいってそれを珍重した。だから元来、日本はカラフルも好きだし、ゴージャスも好きだし、唐草模様も大好き。正倉院をみるとそんなものだらけです。それを大事にとっておいて、そこから複製をいっぱいつくって影響を受けて生きていた。だから、日本の文化も結構「絢爛」だった。
インドの瓦

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