2011年3月16日水曜日

「エクス・デザイン展2011」の開催中止のお知らせ。


2011311日に発生いたしました「東北地方太平洋沖地震」の被害に遭われた皆様、関係者の方には、心よりお見舞いを申し上げると共に、一日も早い復旧をお祈り申し上げます。この度の地震の影響を考慮し、2011318~20日に開催を予定しておりました「エクス・デザイン展2011」の開催は、中止とさせていただきます。ブログやツイッター等を通して期待して頂いた皆様には大変申し訳なく思います。
展示予定となっておりました研究成果につきましては、今後なんらかの形で発表の機会を設けることを検討しております。詳細につきましては後日改めてご連絡させていただきたいと思います。何卒ご理解を賜りますようお願い申し上げます。学生達の研究成果を発表したいという気持ち、震災のためにできることをしたいという気持ち、強く届きましたが、今回のような結論をとることに至った事を理解して頂ければと思います。



揺れる列島。想像を絶することが起きた。 大地震である。想像する事が起きた。 原発事故である。高城剛


Twitterとブログが「東日本巨大地震福島原発」一色になった。流言飛語、パニック、僕の住むタワーマンションからもトランクを持って東京を脱出する人が増えてきた。クライアントとのアポが、次から次へとキャンセルされる。企業によっては、自宅待機、あるいは外出禁止となっているようだ。「日本経済の復活」はどうなるんだろう?少し冷静になって考えよう。普段通り仕事をしよう。今日は未来を作るEVのデザインコンセプトの作成に没頭しよう。
坂井直樹

(岩崎聖侍さんのブログから)
東日本大震災で「ユーモア」が許されないこの緊張状態は危険 
1.まずは節電
2.できる限りの寄付
3.しっかり仕事をする(日本経済を復活させる)
4.未確認情報やネガティブな情報を拡散させない 
http://bit.ly/eYwP80
西表島に高城さん達が立てた風力発電機






















(高城剛さんのブログから)
天災は止められないが、人災は回避する事ができる。

自著「サヴァイブ南国日本」にも、
世界唯一の被爆国でありながら、地震大国の日本での原発の在り方は、いかに危険なものなのかを、明確に記した。

そして、ここ数年出してきた著作やインタビューのほとんどで、
生き方を抜本的に変え、モノや場所に捕われない生き方の追求を、僕なりにずっと説いてきた。

予断を許さない状況はまだまだ続くが、
今後日本は、ただ復旧するだけがすべてではないはずだ。
いまこそ、抜本的ライフスタイルを見直し、
あらたな価値を提案できる世界の先進国にならねばならない、と多くの人が考える時に他ならない。
戦後の日本がそうであったように。

そのための素晴らしいアイデアとヴィジョン、そして強力なリーダーシップが求められるのは、まさに今である。
それを、国家に求めてはならない。
個々や信頼出来る小さな集団で、この世紀をあたらしく作らねばならない時代である。

本サイトでも数年前から提言しているが、「水・食物」、「資源・エネルギー」、「外交」、「娯楽」は、
国家や他人に依存しないで、自分で真剣に考えねばいけない時代に生きていると、再認識すべきだ。

僕が選んだ場所は、国内であらゆる原発からもっとも遠い場所、西表島。

数年前に抜本的に生活を変えて、この島に建てた風力発電機は、今日も回る。
風もテクノロジーもつきあい方次第。
善くも悪くも風もテクノロジーも大きな力を持っている。

列島は、まだまだ揺れが続くだろう。
生き抜け!日本人!
二十一世紀は、はじまったばかりである。
http://blog.honeyee.com/ttakashiro/archives/2011/03/16/post-185.html

2011年3月15日火曜日

大前研一さんの語る「東日本巨大地震福島原発」を一週間経過して、再度視聴してメモをとってみたが、極めて正確に予測していたことに改めて驚く。



これは、3/13にオンエアーされた映像だ。今日は3/20だから一週間を経過して、もう一度通しで見てメモをとってみたが、それ以降ニュースで流れることの大半を、大前さんは極めて正確に予測していたことに驚く。この映像での発言は未だ大方が有効だ。専門家の知識とはすごい!特に外部電源が複数あったにもかかわらず、すべて同一の方式のディーゼルだけであったことも、大きく問題提起していて興味深い。その示唆に富んだ話は、生物多様性と設計思想のリスクマネージメントはとても似ている。

そして、もう世界から日本に原子力発電所の製造依頼は、なくなるだろとも推定している。日本では今後原子力発電は無くなるかもしれない。それに代わりソーラーや風力などの天然パワーで電力を作ることになるのか?あるいは、今後原子力に依存している35%の電力に依存することをやめ、35%電気効率の良い電気製品を技術開発し生産すれば良い。様々な新たなソリューションを探す良い時期かもしれない。この「3.11」で、我々のライフスタイルを考え直し、大きく変える良いチャンスになるだろう。

大前研一さんはコンサルタントとして有名な方だが、元・原子力の専門家で。「東日本巨大地震福島原発半径20km以内の住民に避難指示」の話はとてもわかりやすい。MITで原子力工学で博士号をとって 、日立で原子力エンジニアをしていただけに説得力抜群!

日米の専門化が「日本の放射線物質の放出は何ヶ月も続く」という見解を示したが微妙に異なる意見の相違とは?


ニューヨークタイムズ紙が13日付で「Radioactive Releases in Japan Could Last Months, Experts Say
(日米の専門化が「日本の放射能放出は何ヶ月も続く」という見解を示した)」という記事を掲載した。日本とアメリカの専門家によると、福島第一原発の事故による放射線物質を含む蒸気の放出は、今後、数週間から数ヶ月は続く可能性があるという見解を示した。福島第一原発では、2基の原子炉の炉心が完全に炉心溶融を起こしている。日本の政府関係者は、2基の原子炉の炉心溶融を「部分的なもの」と説明し、施設の外で測定したという放射線量も低い値を報告している。
しかし、アメリカ国防総省の職員によると、原発から60マイル(96.6km)離れた場所の上空を飛行していた軍のヘリコプターから、放射性物質であるセシウム137とヨウ素121を検出した。[12日あたりの状況]第二次世界大戦の最後の数日に、連続して核爆弾を落とされた恐怖が国民と国とに重くのしかかっている日本では、政府は国民に対して「これから数ヶ月も放射性物質を輩出し続けることになる」という衝撃的な報告は言いにくいだろう。

しかし、現在、日本の技術者には選択肢はほとんどない。ダメージを受けた炉心は、海水などで冷やし続けなければならず、その間、放射線物質を含む蒸気を大気中へと排出し続けなければならない。これは、1年以上も続くかもしれない。この期間、避難している何万もの人たちは自宅に帰ることはできないし、内陸に向かって風が吹けば放射線物質は都市部へと運ばれる。Radioactive Releases in Japan Could Last Months, Experts Say



幻想と非幻想の間で展開される映像は、私たちを不思議な世界へ誘います。疲弊した心を癒してください。


切り絵の様な美しく切ない動画。作者自身が動画へ登場します。身体と画面の空間、それらが合わさり素晴らしいバランス感覚を感じます。幻想と非幻想の間で展開される映像は、私たちを不思議な世界へ誘います。9分と少々長い動画ですが、最後までご覧になって、繰り返される震災のテレビ報道で疲弊した心を癒してください。
東北地方太平洋沖地震によって、震源地を中心として復興が必要な状態です。また、それがいつ終るのかも想像が難しいくらいです。この映像の5分前後の様に、一つひとつ着実に進み、日本の力を世界へ見せつけましょう。





















制作は、ロサンゼルス在住のMIWA MATREYEKさん。肩書きは、アニメーター、デザイナー、マルチメディア・アーティスト、カリフォルニア芸術大学を卒業。
MIWA MATREYEKhttp://www.semihemisphere.com/Home.html

おちまさとさんのブログが興味深い。『不謹慎』のボーダー


みなこのように謹慎と不謹慎の狭間を葛藤しているんだなあ。坂井直樹

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「この時期に何を考えてるんだ」

ということが最大の理由か。

もっと簡単に言えば

『不謹慎』

という三文字が
文鎮のように乗っかっている
気がする。

流石にそれは
この時期に『不謹慎』だ

と思う事もある。

しかし
この『不謹慎』のボーダーは
誰にもわからない。

『不謹慎』とは
慎みがないという事だ。

慎みとは
控え目に振る舞うこと。

果たして
どこまでが『不謹慎』なのだろうか。

続きは、、、、、
http://amba.to/ep4axm 


2011年3月14日月曜日

Artists Help Japan ---Earthquake & Tsunami 2011

Artists Help Japan ---Earthquake & Tsunami 2011:
 "Dear Artists and Supporters On March 11, an 8.9 earthquake struck off the northeast coast of Japan near the city of Sendai. The earthquak..."