2017年1月7日土曜日

単純なペイントとプロジェクションを使用して、最大の効果を表現したオプ・アートは、錯視の知覚心理学的なメカニズムで特殊な効果を与える。














ウィーン在住の有名なオーストリアのアーティストPeter Koglerは、ブリュッセルのING Art Centerで最新のサイケデリックなインスタレーションで世界を興奮させた。 単純なペイントとプロジェクションを使用して、最大の効果を表現している。




















彼はギャラリー、ロビー、トランジットセンターなどの空間を巧みに歪めてねじって見せる。1959年にインスブルックで生まれ、コンピュータアートのパイオニアの一人だ。













彼は30年以上にわたりアートを創り続けており、それでも常に彼のオプ・アート視聴者を刺激する。オプティカル・アートあるいはオプ・アート(op art)とは、錯視の知覚心理学的なメカニズムにもとづいて、特殊な視覚的な効果を与えるよう計算された絵画作品の
ジャンル。














http://www.boredpanda.com/


2017年1月2日月曜日

「ロマン派ビジネスマン」と称するティム・リーバーレヒトは人間中心の美しい組織を作ることこそが人工知能に負けない方法だと提唱する。

今後20年間で 労働人口の半分が ロボット(AIやディープラーニング)に置き換えられると 予想されている。これは夢物語では無い。実際キヤノンは2018年をめどに国内のデジタルカメラ生産を完全自動化する計画だ。ティム・リーバーレヒトは、これらのトレンドに従来の経営論とまったく逆の提案をしている。
我が家の正月飾り制作はchibiの芳賀さん






























人工知能や機械学習は効率や合理性や正確さには強い、しかしその反対の4つの原則を提唱している。「ロマン派ビジネスマン」と称するティム・リーバーレヒトは人間中心の美しい組織を作り上げることこそが唯一のソリューションだと言う。





























彼は、美しい組織を作り上げるために必要な4つの原則を提案する。

まず1つ目 は必要でないことをする。
2つ目の原則は 組織に親密さを作り出すこと。
3つ目は醜くあろう、具体的には本当の醜い組織の真実を語ろうということ。脳は見慣れないものを 醜いと見なすので、醜いものには最大の発見が眠っている可能性がある。
4つ目は不完全であり続けること、結果が見えないときにこそ 美しい組織は運動であり いつまでも不完全で すっかり整うことはない だから陳腐にならないのだ。





























機械は何であれ 不要なことを認めない 親密さを認めない 不完全さを認めない そして醜いなんて もってのほかだ。ここに大きなヒントがある。
https://www.ted.com/talks/tim_leberecht
The Business Romantic:Tim Leberech



2017年1月1日日曜日

明けましておめでとうございます。

「未来の歴史家はわれわれがいる 3000年紀の始まる時期 を見て驚くべき時代だったと思うだろう。この惑星の住人 が互いにインターネットを介してリンクし、初めて一つの とても大きなコミュニティーになった時代なのだ。未来の 人々は、われわれが見ているこの始まりに立ち会いたかっ たと羨むだろう。」とケビン・ケリーは語っています。















い ま社会にある多くのネガティブなことに文句を言うのも良 いけれど、大きな時間の中で考えるとケビンが言うように、 こんなに素晴らしい時代はないのでしょう。今年も皆様と ご一緒に素晴らしき「3000 年紀の始まり」である「今」 をポジティブに生きていきたいものです。

2017 年元旦















シュウゾウ・アヅチ・ガリバー こと・たま(阿吽)1380×1700mm,2面2016年制作 ©SAGYO,Tokyo
紫式部ゆかりの花の寺石山寺の淳浄館にシュウゾウ・アヅチ・ガリバー制作の襖絵を寄進しました。
彼は世界的に活躍する大津出身の現代美術作家です。

2016年12月31日土曜日

サブカルチャーを知ることにより、時代背景に隠された大衆のリアルなインサイトが見つかることがある。

最近ビジネスパートナーに言われて気がついたことは、仕事をする上で「サブカル好き」な人とは仕事がしやすいと言うことだ。ティム・リーバーレヒトの「機械が発達する時代に人間らしい会社を作る4つの方法」のキーワードがそのヒントになるだろう。














「必要でないことをすること」「 親密さを作り出すこと」 「醜くあること」「 不完全であり続けること」だという人間中心主義の復権とサブカルは類似している。そしてサブカルチャーを知ることにより、社会情勢や時代背景に隠された大衆の本当のインサイトが見つかることがある。















「ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞したことは、かつて“カウンターカルチャー”と呼ばれていた人がハイカルチャー(メジャー)になった。つまり時代の価値観の変化でかつてのカウンターカルチャーがメインカルチャーに融合された瞬間でもあった。

























カウンターカルチャーは「対抗文化」と訳すべきだろう。かつて日本のカウンターカルチャーはそれなりにあった。たとえば寺山修司や若松孝二や大島渚達が行った表現はカウンターカルチャーと呼べた。1960年代の米国のカウンターカルチャーは公民権運動や反戦運動などの政治的ベクトルと繋がっていた。














LSDの高僧ティモシー・リアリー 、デニス・ホッパー、イージー・ライダーに出演したピーター・フォンダ 、ジョン・レノンあたりがカウンターカルチャーの旗手だった。しかしこの数十年の間にカウンターカルチャーと呼べるものは無い。なぜなら反抗すべき主流の権力が弱くメインカルチャーへの反抗そのものが成立しないのだ。
































そこで政治的な意図の無いサブカルチャーという言葉も1980年代に日本に輸入され、既存の体制、価値観、伝統にあい対する(対抗はしていない)ものとして使われた。これらの流れは多くの若い知識人を魅了し、「80年代サブカルチャーブーム」と呼ばれる流行を作り出した。

この頃のサブカルチャーは現在よりも多くの領域を包含し、漫画、アニメ、コンピュータゲーム以外にも、SF、オカルト、ディスコ、クラブミュージック、ストリートファッションなどもマイナーな趣味としてサブカルチャーと見なされていた。











「カウンターカルチャー=サブカル」ではない。主流の体制的な文化に対抗する文化(対抗文化)という意味でカウンターカルチャーと言う言葉が使われていた。そしてゲバラがしばしばカウンターカルチャーの賛同者によって象徴とされたのも米国資本主義への対抗(カウンター)という構図がわかりやすかったからだろう。

一方サブカルチャーとは、社会の支配的な文化(メインカルチャー)に対して、その文化から外れた少数派の下位集団(マイノリティ)のこと指し別に「対抗」はしていない。



2016年12月30日金曜日

来年からは肩幅が大きくビックサイズの服が出てくる。ファッションはトレンドを巧みに使い今持っているワードロープを陳腐化させ、新たな需要を生み出す。


「コム デ ギャルソン 2017年春夏コレクション - 巨大な服地で魅せるクラシック&フェミニニティ」を見て、常にフロントランナーでいる川久保玲さんの勇気には改めて敬服せざるを得ない。トップファッションデザイナーは常に年に二回パリで新作を発表する。
































ファッションジャーナリズムの賞賛を浴びることもあれば、批判にさらされることもある。これを何十年も続け評価され続ける川久保玲さんのようなデザイナーはそう多くは無い。単に奇異なデザインと思われる方も多いと思うが、モーターショーのコンセプトカーもようなもので、すこし先の未来のトレンドを示している。キーワードは「Invisible clothes」だという。
































ここ数シーズン、ファッションシーンではビックサイズが一つの鍵を担っている。大きすぎる肩、長すぎる袖が存在感を放っている。実際の店頭では、今も非常にタイトでピタピタの服が並んでいる、ジャケットの丈は短く、パンツも細く短い。
































しかし来年からは一般の店頭でもやや肩幅が大きくウエストもゆるくルーズな服が出てくるだろう。しかし、かつての80年代のビッグサイズとはバランスにおいてもやや違う。こうしてタイトでピタピタの服は駆逐され格好悪い物とされるだろう。
































https://www.fashion-press.net/collections/gallery/26416/457210


2016年12月27日火曜日

書籍「大事なのは今のあなたじゃない。この先、どのくらい上を目指そうと思っているかだ。」ポール・アーデンの名言集。広告マンだったからか説教臭さが無いのが良い。






























長い間大学の教授をやってきたからか、今でもOBOGはもちろんのこと毎週のように若い方が人生相談に来る。そのときに私がアドバイスする言葉と「ポール・アーデン」の言葉が驚くほど似ていることに気がついた。

自己啓発の本は好きでは無いが「ポール・アーデン」の書籍「大事なのは今のあなたじゃない。この先、どのくらい上を目指そうと思っているかだ。 」と「PLAY・JOB (プレイ・ジョブ) (Sanctuary books) 」から名言集。ポール・アーデンは、もともと広告マンだったからか説教臭さが無いのが良い。
































ポール・アーデン:広告業界で18年間過ごしたあと、1977年にサーチ&サーチ社に身を投じ、エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクターとして15年間活躍。

ブリティッシュ・エアウェイズ、シルク・カット、インターシティ、フジフィルムといった大手の広告キャンペーンを在職中に担当、大きな成功を収め、有名なコピーにも責任者として携わった。その後、ロンドンを拠点とする映画制作会社、アーデン・サザーランド=ドット社を経営した。(1940年4月7日-2008年4月2日)























[ポール・アーデンの言葉]

1,安全策をとっていても仕方がない。先行きの予測がつくことばかりやっていても、退屈な結果が待っているだけだ。

2,一度でいいから勇気を出して「保証のない選択」をしてみるんだ。そうすれば、これまでの常識では考えられなかったことが選択肢に入ってくる。

3,これまで誰もできなかった決断をしてみよう。誰もが夢でしか見たことのない場所にたどりつくには、それしかない。

4,これまであなたが人生で選んできたものは、それしか選ぶことができなかったにすぎない。どこに後悔する余地があるっていうんだい?

5,ジョージ・バーナードは言った。常識的な人間は、世界に自分を合わせようとする。非常識な人間は、世界を自分に合わせようとする。だから人類の進化はすべて、非常識な人間の力にかかっている。

6,自分の人生がどこに行き着くのか。それが知りたいのならば、自分がどこに向かっているかを知る必要がある。

7,あまりにも多くの人間が、準備に時間をかけすぎている。実際にやる前から、すべてを完璧にしようとしすぎているんだ。待つ必要なんてない。動き出すんだ。よくわかっていない状態のままでいい。準備は走りながらすればいいんだから。

8,どうせ、エゴはどうやってもかくせないんだ。だったら無理に隠さないで、うまく利用すればいいじゃないか。

9,これまでに聞いた最高のアドバイスは、「驚かしてごらん」だ。この言葉を心に刻んでしまうと、もうどうやっても創造的にならざるを得ない。

10,常識になっている意見に立ち向かう度胸。それがあなたを勝者にする。




2016年12月24日土曜日

クリムトの「黄金のアデーレ」の返還を求めてオーストリア政府を訴えた映画。そして劇的にクリエイションされた衣装やモデルによって再現された写真作品。

ダナエを引用した写真家インゲプラダーの作品

クリムトのダナエ

 最近ますます忙しくブログの更新頻度が落ちてすみません。さて今日のテーマはクリムト。今年初め、ウィーンの写真家インゲプラダーはオーストリアを象徴する画家グスタフ・クリムトのゴールドラウンドの時期の作品を写真で再構築した。
クリムトの「死と生」

クリムトの「死と生」を引用した写真家インゲプラダーの作品



































この創造的な能力が頂点まで達した頃に制作されたダナエ(1907)や生と死(1908年)などの絵画に設定されたシーンは劇的にクリエイションされた衣装やモデルによって再現されている。
クリムトの「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像」























またクリムト好きがこうじて映画『黄金のアデーレ 名画の帰還』奪われたクリムトの名画をめぐる裁判を描いた奇跡の実話を見に行ったことのご報告。

「黄金のアデーレ」。画家グスタフ・クリムトが1907-08年に描いた装飾的な肖像画で、世界で最も高額な絵画TOP10に入る名画だ。

クリムトの「ベートーヴェンフリーズ」














クリムトの「ベートーヴェンフリーズ」を引用した写真家インゲプラダーの作品
















この映画では、ナチスに奪われた肖像画「黄金のアデーレ」を取り戻すため、オーストリア政府を訴えた実在の女性マリア・アルトマンを主人公に、世界が固唾を呑んで見守り続けた裁判の行方と、この名画に秘められた真実の物語が描かれる。

















主人公マリアを演じるのは、名優ヘレン・ミレン。サイモン・カーティスが監督を行った。数奇な運命を辿り、“オーストリアのモナリザ”となったクリムトの名画に刻まれていた美しい思い出と涙の記憶。全てを失ったマリアが、絵画そのもの以上に取り戻したかったものとは何だったんだろうか?

その名画には、ナチスに運命を翻弄されたマリアと彼女を取り巻く人々の美しい思い出と涙の記憶が詰まっていた。

またクリムトは1879年に弟エルンストおよび友人のフランツ・マッチュと共に共同で美術やデザインの請負を始めた。ブルク劇場の装飾を引き受けており、この功によって後に金功労十字賞を授与されていることからもデザインとアートの両方を行き来した作家だったことがわかる。金箔を多用することからも琳派の影響があったとする評論家もいる。
http://www.fubiz.net/
https://ja.wikipedia.org/