2011年1月7日金曜日

駅弁デザインと横尾忠則作品。日本人が郷愁として抱いている前近代制を刺激することで成立する、非常に日本的な商品といえる

明石海峡大橋の完成を記念して販売された「ひっぱりだこ飯」

僕の知る限り、地方の名産を弁当にした「駅弁」は日本独自のものだ。欧米にも車内用のランチセットはあるが、その土地ならではの食べ物をセレクトしたランチセットに遭遇したことはない。調べたところ、駅弁は全国で約3000種類もあるという。新作も年に200種類ほど出るそうだ。価格は700~800円が相場だが、人気No.1といわれる「森のいかめし」のように500円以下のものもあれば、金沢駅で売っている「加賀野立弁当」のように1万円もする完全予約制の超高級品もある。駅弁業界は地味なようでいて、意外と競争が激しく、活性化しているのだ。近頃では東京駅でも全国の有名駅弁が買えるし、百貨店でも「駅弁大会」が開催される。ローカル商品という顔をしながら、全国的なメジャー商品も少なくないのが、昨今の駅弁事情なのだろう。
加賀野立弁当
しかし、駅弁のパッケージデザインは大概は土着的だ。デザインの典型は「2色印刷の紙ラベル」「筆文字で書かれた商品名」「十字に結ばれた紙紐」。和風といえば和風の意匠だが、過剰な洗練を嫌う。それぞれが、わざと「地方ぶり」を競い合っているようなところがあるのだ。だが仮に、僕が駅弁のコンサルタントを依頼されたとしても、おそらくその土着的なデザインは変えないと思う。デザインを過剰に洗練させれば駅弁特有の「味」というシズル感は失われ、食欲をそそらなくなると思うからだ。


同時に、1960年代から横尾忠則さんが行ってきた一連の仕事を思い出した。当時の彼の特異性は、モダンデザインの潮流に反して、土俗的な日本を表現に取り入れた点にある。彼の仕事を最初に評価したのが、「日本的なるもの」に生涯こだわっていた三島由紀夫や寺山修司だったというのも頷ける話だ。横尾忠則さんが扱ってきたモチーフは宮本武蔵や高倉健など、ドメスティックなものが多い。そのため、彼の作品は案外グローバルには知られていない。僕は大好きな作品だが、描くモチーフに世界性がないから想像しにくいのだろうか。駅弁と横尾忠則。日本人が郷愁として抱いている前近代制を刺激することで成立する、非常に日本的な商品といえる。

2011年1月6日木曜日

「バージン・ギャラクティック」のハイブリッド式スペースジェットのデザイナーは、「マーク・ニューソン」だ。デザイン上の最大の挑戦は従来のフライトとロケット飛行を兼ねるために、コンパクトで軽量化し、快適なシートだった。解決策は、飛行機の角度が変わるとき、旋回心軸に取り付けられた一種のハンモックのような席だった。






















リチャード・ブランソンの経営する「バージン・ギャラクティック」のためのデザインを、当初フィリップスタルクに依頼するつもりだったようだ。しかし、EADS Astriumのチームの意見で、この新しい宇宙飛行機の開発のために、最終的には、もう一人の候補に挙げられていた世界的に最有力なデザイナーのマーク・ニューソンが指名された。宇宙飛行機のためのマーク・ニューソンの起用の計画は、パリで2007年の6月頃に明らかにされた。マークは「カンタス」のために同様のプライベートジェットのインテリアデザインを行っており、宇宙好きでも知られるマーク・ニューソンのデザイン実績を買われたのだろう。デザイナーの趣味嗜好や経験が依頼主のデザイナーの選択に大きな影響を与えている。














EADS Astriumは1段式の準軌道へのジェットエンジンとロケットエンジンの両方を備えたハイブリッド式スペースジェットの模型を同時に発表した。スペースジェットは通常の飛行場から4名の乗客を乗せて通常のジェットエンジンを使用して離陸する。ロケットエンジンが必要な高度に到達したら点火する。最終的に高度100 kmに到達した後は乗客たちは3分間の無重力状態を体験出来る。デザイン上の最大の挑戦は従来のフライトとロケット飛行を兼ねるために、コンパクトで軽量化し、快適でなければならないシートだった。解決策は、飛行機の角度が変わるとき、旋回心軸に取り付けられた一種のハンモックのような席だった。(動画参照)
*アストリアムAstriumはEADSの航空宇宙部門の子会社で民間と防衛の宇宙システムとサービスを提供する。2008年時点においてアストリアムはフランス、ドイツ、イギリス、スペイン、オランダで売上高43億ユーロ、15000人を雇用する。

2011年1月5日水曜日

スーパークールな「T-3電話機」のような電話機は、実はこういう工芸的な空間に置いてこそ美しい。


ヤコブ・イェンセンがデザインしたバング&オルフセンのスマートなデザインが印象的な「T-3電話機」は、皆さんが一度は見たことがあるのではないだろうか?ちょっと洒落たデザイン・コンシャスな会社の無人の受付には、お約束のようにこの電話機です。受話器とボタンのついた本体とがフラットな設計になっており、ブラック/メタリックなカラーが、シャープな洗練されたデザインに仕上がっている。美しいプロダクトを見ると、このデザイナーはどんな住居に住んでいるのか?と、考えてしまうことがある。ヤコブ・イェンセンも、そう思わせるデザイナーの一人だ。

今彼は80才を超え、バング&オルフセンを含む500を超える工業デザインを生み出している。このヤコブ・イェンセンの自宅の一枚のドアは「24羽の鳥が、それぞれ違う素材の木で削られている」そしてドアにはオリジナルの魚をデザインしたドアハンドル、実に美しいデザイン、そして美しい工芸だ。この家もドアも1949年に、jacob hermannというjensenのコペンハーゲンの「アーツ・アンド・クラフト」という芸大の仲間の先生がデザインしたようだ。1949年は芸術と工芸と工業がまだ混在していた時期に当たる。このブログではドアのみにするが、家全体や周辺の自然環境共に素晴らしい。「T-3電話機」のような電話機は、実はこういう工芸的な空間に置いてこそ美しい。







































*jacob jensenとは、1926年コペンハーゲンに生まれる。1948年、The school of Applied Arts にてインダストリアルデザインを学ぶ。その当時、教師としてハンス・J・ウェグナー、コーレ・クリントが在籍。1952-58年、The first Danish industrial design studio で、Sigvard Bernadotte と Acton Bjφrn のもとインダストリアルデザイナーとして働く。1954年から同スタジオのリーダーとなる。その間、アメリカにてレイモンド・ローウィ、Latham、Tyler らと仕事をする。1958年にJacob Jensen Design を設立。1959-61年に、シカゴ大学にてアシスタント・プロデューサーとしてインダストリアルデザインを教える。1965-91年、バング&オルフセンと共同事業で数多くの受賞作品を手がける。1989年、Jacob Jensen Design の運営を息子に任せるが、尚現役としてデザイン活動を続ける。



2011年1月4日火曜日

壮大なピタゴラ装置的 PV : OK Goは、すごい仕掛けの数々と正確な作動は素晴らしい!

OK Go - This Too Shall Pass - Rube Goldberg Machine version - Official

壮大なピタゴラ装置的 PV : OK Go - This Too Shall Pass (RGM version)
オリジナリティー溢れる PV でお馴染み、OK Go の This Too Shall Pass アルバムバージョンの PV。よくここまで大げさに作ったなと思える材料のバリエーションの多様さ。仕掛けが気になってプロモーションの曲聴くの忘れるほどすごい仕掛けの数々と正確な作動は素晴らしい!

ちなみにこういう類のピタゴラ装置のような仕掛けは発案者の名前をとってルーブ・ゴールドバーグ・マシン (Rube Goldberg Machine) と呼ばれる。(→動画のタイトルにある RGM はその頭文字)

日本でピタゴラ装置は、番組監修は佐藤雅彦さんの「ピタゴラスイッチ」が有名。彼が過去に制作した作品や、慶應義塾大学佐藤雅彦研究室の学生が作った作品などが採用されている。「意味もなく、ボールが勢いよくレールや板の上を転がって」「待ちかまえる難関をくぐり抜け」フィニッシュの瞬間に音楽とロゴが出る、という画像を着想。OK Go もその辺りは共通。

2011年1月3日月曜日

CANADAは、スペインはバルセロナを拠点にワールドワイドに活動しているクリエイティブ・カンパニーだ。

CANADAは、スペインのバルセロナを拠点にワールドワイドに活動しているクリエイティブな制作会社だ。広告、ファッション、音楽、ビデオ、テレビ、カルチャーイベントなど、様々な分野におけるプロジェクトを通じて卓越した創造性を探究し続けている。Luis Cerveró, Nicolás Méndez & Lope Serranoから成る3人組トリオディレクターが造り出す映像は、我々の心を戸惑わせる美意識で溢れている。カナダは、コマーシャルのための表現の世界でもメジャー受けの良い広告と言うよりは、一部にある少数派の先端的な表現を成立させているパルチザン的なクリエイティブチームだ。http://www.lawebdecanada.com/

7
分20秒と長いが、とにかく美しい映像と音。
4eyes
4 eyes from CANADA on Vimeo.


一分40秒から起きるパフォーマンス、3分45秒から変わるトーン。最後にあらわれる陶器の人形の口元に注目。意味不明ながら魅力的な映像。
「Feliz Navidad」
Feliz Navidad from CANADA on Vimeo.


「見えない光、シザース・シスターズ。」サイケデリックな美しい映像と、超能力的でハイパーな世界。
Scissor Sisters - Invisible Light from CANADA on Vimeo.

2011年1月2日日曜日

バスキアとウォーホールの関係とは?

ジャン・ミシェル・バスキア(Jean-Michel Basquiat、1960年12月22日 - 1988年8月12日)はニューヨーク市ブルックリンで生まれたアメリカの画家。ハイチ系アメリカ人。父はハイチ出身、母はブルックリン出身でともにプエルトリコ系。以外に家庭は比較的裕福で、5歳のころから母に連れられメトロポリタン美術館やMoMA訪れたり、レオナルド・ダ・ビンチの「解剖画集」を与えられるなど、美術の英才教育を受けて育つ。17歳の頃から地下鉄、スラム街地区の壁などにスプレーペインティングを始める。活動を続けるうちに高校を中退したバスキアは、Tシャツやポストカードを売りながら生計を立てていた。徐々に彼の描いたスプレーペインティングは評価され、キース・ヘリング、バーバラ・クルーガーの助力でニューヨークで個展を開くようになった。

プエルトリコ系であるバスキアの肌は黒く、また王冠をかぶった黒人のポートレートをしばしば描いていた事実も、彼が自らの民族的出自を強く意識していたことを物語っている。彼の画風はキース・ヘリングらのグラフィティ・アートといった当時のアート・シーンの最新モードやサブカルチャーの成果を得て形成された。ウォーホールの死の一年後の88年、急性薬物中毒のため27歳の若さで死去。太く短い、激しい生涯を反映し、評価も毀誉褒貶が激しい。しかし96年にネオ・エクスプレッショニズムの画家ジュリアン・シュナーベルが制作した映画『バスキア』は、バスキアが80年代の重要作家であることを伝えた。1983年にはアンディ・ウォーホールと知り合い、作品を共同制作するようにもなる。1987年のウォーホールの死まで2人の互いに刺激しあう関係は続いたが、バスキアは徐々にヘロインなどの薬物依存症に陥る。

Basquiat- Heroin- Velvet Underground
Slide Show- Jean Michel Basquiat, his friends and his paintings. Music- Heroin- Velvet Underground

Andy Warhol and Jean-Michel Basquiat, filmed in 1986


2011年1月1日土曜日

お正月のお勧め図書、この三冊「ザ・ブランド—世紀を越えた起業家たちのブランド戦略」「ぼくの哲学/アンディ ウォーホル」「人間臨終図巻/山田 風太郎 」

A HAPPY NEW YEAR
コップにはいった子うさぎのかわいい動画。双子の兎。
Cute bunny video Twin Rabbit
1,「ザ・ブランド」—世紀を越えた起業家たちのブランド戦略 (Harvard business school press) (単行本)ナンシー・F. ケーン (著) /こお書籍で取り上げた6人の起業家が創り上げたブランドは、英国陶器「ウェッジウッド」、加工食品「ハインツ」、百貨店「マーシャルフィールズ」、美容「エスティ・ローダー」、コーヒーチェーン「スターバックス」、そしてコンピューター「デル」。ハワード・シュルツ氏率いる「スターバックス」を除く5社は創業者の名を社名とし、卓越したブランド戦略によって世界的地位を築き上げた企業だ。

ハーバード・ビジネススクール経済学部教授である著者は、いつの時代も保守的であるはずの消費者が、未知の商品・サービスを生活に受け入れていく過程に興味を抱いたという。本書で定義する「ブランド」とは、裸一貫の起業家が、自らの自信と誇り、商品・サービスの優位性を消費者に知らしめるべく活用したマーケティングツールのこと。

起業家の技術や経営革新に関する著書は多いが、ブランド戦略を軸に社会や消費者に向けられた行動に焦点を当てた研究は少ない。激しく移ろいゆく時代を舞台に6人の起業家はいかに消費者と対峙し事業を展開したか。記録資料、関係者の証言などを基に、起業家たちの人間像までもが浮き彫りになる。そうした意味で、本書は産業小史でもあり、良質な人間の素晴らしさを描いた伝記でもある。大変感動した!

2,「ぼくの哲学」アンディ ウォーホル、僕の神様Andy Warhol、それまで高尚なものと思われていたアートを、ごく日常的な誰でも知っているような当時の現代文明のイコンであった、マリリン・モンロー、毛沢東、ミッキーマウス、キャンベルスープ缶などをモチーフに、アートを制作するアトリエを「ファクトリー」と自ら呼びアートを大量生産した。それまで「美と醜」という二つの引き出しに分類していたアートを有名な言葉「Everything is beautiful」で終了させた。いわゆるアートの革命児だった。そのアートの新領域「ポップアート」で現代の消費社会を予言した哲学が何であったかがわかる。
人間臨終図巻/山田 風太郎 (著) 荘厳・華麗・悲惨・無意味…古今東西の十五歳から五十五歳までの様々なあらゆる人間の死に際だけにフォーカスしたドキュメントがここにある!十五歳から五十五歳までの様々な死に方。人は誰でも死を怖れる。いつか来るとはわかっていても、それが今だとは誰も信じたくないものだ。源実朝から夏目雅子まで、古今東西の若くして生を全うした人々の最期の刻。この本の中に登場するアントニオ・ガウディもバスに轢かれ死亡したが、あまりにも汚い作業着であったので、その遺体がガウディであるとわからなかったために放置されていたそうだ。山田 風太郎は、とてもリベラルな人だったために、どんな人にも死は公平に訪れると語っているように思う。