2010年12月31日金曜日

スタルク・デザインによるプーマのスニーカーのPR写真に見られるマザコンの痕跡

スタルク・デザインによるプーマのスニーカーのPR写真、このマリオネットのような叔父さんが良い味を出している。スタルクらしい、ユーモアに満ちた写真だ。時折巨大な女性を描いた絵画や、アニメや同様の彫刻に時々で遭遇する。思いっきり自説で、なんの根拠もありませんが、彼はマザコンかもしれないですね。あるいは幼心を未だ持ち続けている大人。なぜなら僕自身も思い当たりますが、5才くらいの時に見上げた母が大きかったことを未だに思い出します。ということは僕もマザコンかもしれない。






















スタルクらしい、ユーモアに満ちた写真「PUMA × PHILIPPE STARCK」は、フィリップ・スタルクとプーマのコラボレーションモデルのPR用。シューズは、外側はすっきりとしたデザインに仕上がっている。また贅沢な素材を選択することで純粋に靴の形を楽しんでいる。アッパーはロングヘアーファー、ライニングはカーフ仕様まさにミニマリズムともいえる一足です。




























PHILIPPE STARCK フィリップ・スタルク(1949~ )
フランス、パリ生まれ。パリ装飾美術学校を卒業後ピエール・カルダンのスタジオでアートディレクターとしてキャリアをスタート。建築・インテリア・家具・食器・出版物・インダストリー等さまざまなデザインを手がけるデザイナー。・1980年代 エリゼ宮内のミッテラン大統領専用室インテリア・パリの「カフェコスト」のためにデザインした椅子「COSTE」・パリ16区、最高級のエリアにオープンした メゾン・ド・バカラのエントランスのシャンデリアから、クリスタルの椅子など・日本では、浅草で一際目立つ、雲のような形をした黄金のオブジェ、アサヒビールの「スーパードライホール」が有名です。
STARCK PUMA POST CARD

2010年12月30日木曜日

アートの世界にもマーク・コスタビのような栄枯盛衰は存在する。

アートの世界にもマーク・コスタビのような栄枯盛衰は存在する。しかも、そのピークとボトムの落差が激しいほどメディアが面白がる傾向がある。Guns N' Rosesのセカンド・アルバムを手掛けたのを最後に、90年代初頭あたりが最後の打ち上げ花火、以降、名前を聞かなくなってしまった。僕が1991年に購入したコスタビの作品の価格も相当下落してると思われる。怖いので査定しないことにしている。マーク・コスタビ(Mark Kostabi)は、カリフォルニア州立大学フラートンでペインティングを勉強し、1981年初の個展を開催する。 
Mark Kostabi: with his portrait of Billy Joel 
1982年ニューヨーク移住。 1984年は彼の絶頂期には「イースト・ヴィレッジ・アイ」最多作品賞を受賞するほど多くの展覧会に出品。 イーストヴィレッジのアートムーブメントの指導者的存在になる。 1988年 スタジオ、ギャラリー、オフィスビルを設立。 オープンにペインティングアシスタントやアイディアマンを雇う。 自身の作曲によるピアノソロを発売。 1992年東京の三越美術館がコスタビの100作品の回顧展を開催。 

キースヘリング、ジェフクーンズ、ジャン・ミシェルバスキア、ケニー・シャーフなどイーストビレッジの蒼々たるアーティスト・グループのメンバーと一緒に1980年代に登場している。彼のアートは今日の孤独とメディアや技術に圧倒され複雑な世界を反映させたテーマを体現していた。
frog lady






























この動画は過去25年間で、NYのアートシーンに初登場以来、コスタビの活動を記録している。トライベッカスタジオで制作された「レオナルドダヴィンチの最後の晩(コスタビバージョン)」も出てくる。インタビューは彼の最初のアートディーラー、モリーバーンズ、評論家、作家、グレンオブライエン、評論家、編集者ペーパーマガジン、モンテカルロ、コーミック、アートディーラーのADAM BAUMGOLDにも行っている。また、25年の長い期間で行われたマークコスタビとのインタビューも含まれています。

2010年12月29日水曜日

もうネットが大事ではなく、ネット的に生きることが大事。僕のブログは一方通行だからね。そして、テレビと違うフェイクが楽しいのが今の時代感のポイント。 高城剛

この高城剛発言は、賛否両論別れると思いますが、あえて掲載してみる。Twitterは、そういう議論が好きな方が多いとも思うので、ちなみに僕は友人ですから理屈抜きに高城剛擁護派です。また、それを割り引いても常に彼の発言は示唆に満ちていると僕は思う。今年はお互いの夫婦四人で食事できそうだな。良かった、良かった。
高城剛+坂井直樹

























高城:そういう生活の中から、新たな回帰的な感性を持ったデジタル・クリエイションが生まれていくだろうし。僕なんか、デジタル・クリエイションでまだまだ稼げる人だと思いますよ。その僕が、もうそれ(クリエイションで利益を得ること)をかっこ悪いって思ってるんだからさ(笑)。それが、デジタルと共に育った先駆者世代の正しい姿だと思う。

70年代って、いろんなところに情報や価値観を共有する人が集まってコミューン化していったわけだよね。その中でいろんなものをつくって、野菜とか分配していたわけじゃない? それが今は逆になって、デジタルの中にみんなが集まって、いろんなモノをつくってタダで配って、野菜とかで金を取るの。

高城:ネットがマスになったのは90年代後半だと思うんですよ。僕は、それ以降、自分ではネットはほとんどやってないよ。ミクシィとかツイッターとかも一切やんない。ツイッターやんなくたって、今、日本中が僕のことフォローしてるじゃん(大笑)ここでかちんと来る人はどうぞ! 

結局、今のインターネットって、ソフトなビッグ・ブラザー【編註:ジョージ・オーウェルの小説『1984年』(1984年出版、僕の一歳の時)に出てくる、国民を徹底管理する権力者】だと思ってるんですよ。お互いがお互いを管理する社会。だから、僕はそこからもう10年以上前に足抜けしたっていう感じ。すなわち、もうネットが大事ではなく、ネット的に生きることが大事。僕のブログは一方通行だからね。そして、テレビと違うフェイクが楽しい。ここが僕にとっての今の時代感のポイント。(ソースはサイゾーから)

1984 George Orwell Movie Trailer (1984)

ジョージ・オーウェル 

*1984年:トマス・モア『ユートピア』、スウィフト『ガリヴァー旅行記』、ザミャーチン『われら』、ハクスリー『すばらしい新世界』などのディストピア(反ユートピア)小説の系譜を引く作品で、スターリン体制下のソ連を連想させる全体主義国家によって分割統治された近未来世界の恐怖を描いている。なお、著者などは言及していないが「1984年」という年号は、本作が執筆された1948年の4と8を入れ替えたアナグラムであるという説が一般的である。これによって、当時の世界情勢そのものへの危惧を暗に示したものとなっている。

*ジョージ・オーウェル:(英語: George Orwell, 1903年6月25日 - 1950年1月21日)は、イギリスの作家、ジャーナリスト。生誕地はイギリスの植民地時代のインド。本名はエリック・アーサー・ブレア(英語: Eric Arthur Blair)。全体主義的ディストピアの世界を描いた『1984年』の作者で知られる。

*ビッグ・ブラザー:党は、「偉大な兄弟(ビッグ・ブラザー、なお英語の Big Brother に独裁者という意味があるのはこの作品に由来する)」によって率いられる唯一の政党である。「偉大な兄弟」は国民が敬愛すべき対象であり、町中の到る所に「偉大な兄弟があなたを見守っている」(BIG BROTHER IS WATCHING YOU) という言葉とともに彼の写真が張られている。しかし、その正体は謎に包まれており、実在するかどうかすらも定かではない。テレスクリーンの登場により、全国民は党の監視下に置かれ、私的生活は存在しなくなっている。

2010年12月28日火曜日

「奇想の画家」として人気の高い若冲の最晩年にあたる1795年前後に描かれたものみられる屏風が見つかった。波打ち際に座る白い象と、黒い鯨が潮を吹き上げている様子が大胆に描かれている。



江戸時代に京都で活躍した絵師で、近年、「奇想の画家」として人気の高い伊藤若冲(じゃくちゅう)が晩年に描いたとみられる屏風が北陸地方の旧家で見つかった。という夢のような話が飛び込んできた。一方に波打ち際に座る白い象(地上最大の動物)が、もう一方には黒い鯨(海で一番大きい)が潮を吹き上げている様子が大胆に描かれている。















発見作は落款に「米斗翁八十二歳画」と記載されていることから、若冲の最晩年にあたる1795年前後に描かれたものであることが分かっている。すご~~い老画家もいるものだ。驚き!日本にもピカソはいたのだ。画面いっぱいに空想をまじえて描かれた象の姿や、鯨を包む波頭の表現もパワフルだ。その頃の若冲といえば、京都深草の石峰寺に隠棲していた時期だ。晩年、近郊の山裾にて比較的侘しい隠居生活を送っていたはずの若冲が、何故このようなダイナミックな大作屏風を手がけたのか?
















九州国立博物館の特別展のCM
(以下チームラボと若冲)
若冲幻想 -コンセプト
18世紀の京に生きた伊藤若冲は、奇想な発想と美意識でさまざまな作品を生んでいる。それは、現在の物事の捉え方、認識とは、ほど遠い。それは、21世紀、世界への新たな認識の方法論のヒントになるかもしれない。プラズマディスプレイ六台によるデジタル屏風に、伊藤若冲の認識を再構築した。










若冲とデジタル
伊藤若冲は、200年以上前に現在のデジタルの発想に近い発想で描いている。モチーフをマス目の単位で分解し、 そのマス目を再構築している。その手法は、モチーフをデジタル技術で記憶し、ピクセルの集合体であるディスプレイで再構築し表示するという現在のデジタル的な発想そのものだ。(チームラボ)http://www.jakuchu.com/japan.html

2010年12月27日月曜日

クエスチョンマーク(?)というのは、古代の占いで用いた杖が地面に立っている姿をデザインしたという説。

実は十数年前に左足の大腿骨を折る大怪我をした。退院してからもしばらくは杖の厄介になった。この時、杖の魅力に気づき、直った今も時々使っている。市販されている杖は、持ち手の形状から二つのグループに分けることができる。杖のはじまりは木の枝をそのまま使ったと考えられ、ストレート型が基本型。その次に19世紀から20世紀初頭にかけて大流行した逆J字型(傘の柄のような形)だ。クエスチョンマーク(?)というのは、古代の占いで用いた杖が地面に立っている姿を表しているという説がある。OMHUの杖はまさに(?)をデザインしているように見える。
OMHU cane
どうも市販の杖は高齢者やハンデイキャッパー専用の実用器具として考えられてはいないか。実用器具だから機能を満たせばいいというのか退屈なデザインが多い。しかし、杖というアイテムには、本来どこか粋人好みのスノッブな香りが漂うようだ。確か江戸時代には「化粧杖」という細すぎて実用的とはいえない銀細工などを施した装飾的な杖が流行ったことがある。
OMHU CANE SIZE from OMHU on Vimeo.

田村奈緒さんのブログから、彼女の昔の同僚のClayとAllenがエンジニアとデザインを手がけた杖が発売になった。デザインの説明にはスカンジナビアの家具や自転車、ホッケーのスティックにインスパイアされた。とブログに書かれている。とても上質のデザインだ。

OMHUという会社で社名はデンマーク語で “with great care” という意味を持ち、お年よりだけではなく多くのハンディキャップのある人達の生活をより良く、楽しくする為にプロダクト開発をしている会社という。若いデザイナーの中で高齢者に向けたデザインが最近では良く話題に上る。日本と北米、ヨーロッパでは体の大きさ、生活環境も違いそれぞれ違った問題点、そこから出る気づきも多くとても興味深いトピックだと思います。(田村奈緒さんのブログ:http://phofa.net/blog/nao/)

2010年12月26日日曜日

SAM SPARROの音楽とファッション、ダンス、メーク&ヘアーが融合された論理レスで感覚的なデザイン世界を覗くことが出来る。

Sam Sparro "Pink Cloud" Official Music Video

このムービーはSAM SPARROの音楽とファッション、ダンス、メーク&ヘアーが融合された「論理レスなデザイン世界」を覗くことが出来る。振り付けは: Nina McNeely and Marlon Pelayo、ダンサーは: Nina McNeely, Marlon Pelayo、スタイリストは: Franc Fernandez、ヘアートメークは: Michelle Diaz
SAM SPARRO
僕は40才まではファッションデザインの業界にいて、それ以降20数年、プロダクトデザインやWEBビジネスと関わってきた。こういうパラレルキャリアの人が増えて来て欲しいなあと常に考えている。なぜなら二つの異なる世界からモノを見るということは常に客観性が保て、異なる視点を持つことが出来るよさがある。二十数年前に日産Be-1の開発に関わったことが切っ掛けとなって、思いがけなくプロダクトの世界に入ることになったのだが、その当時のプロダクトデザイナーには、実はあまりオシャレな人がいなかったことに驚いた。

なぜ美しいモノを作る仕事の人が、自分のファッションに気を遣わないのかが当初不思議だった。今その理由を推定すると、ファッションデザイナーは非常に感覚的で右脳的、論理性だけでは通用しない流行という近未来を予見しながら情報と常に対峙しクリエイティブする。それに対してプロダクトデザイナーはもう少し冷静で機能性、生産性、合理性、先端技術などと対峙し主に左脳を使いクリエイティブするからではないのか。
BIG-O氏
PHENOMENON:ファッション・デザイナーのBIG-OもSAM SPARROを絶賛。人気ヒップホップユニット・シャカゾンビの1員でもあるBIG-O氏が手掛ける人気ブランド。フェノメノンはアメリカでも展開されており、高い 人気を誇っている。ファッションとミュージックを融合させる。どこかレトロ・フューチャーなテイストも感じさせ、エレクトロとファンクやソウルが融合した音楽、このビデオは3分過ぎたところからが見所だ。

*サム・スパロー(Sam Sparro)[Limited Edition, Import, From US]アルバムがメチャクチャ良い。オーストラリアのシドニー生まれで、現在はLAとロンドンを行き来してるらしいアーティスト。2008年DIESELのイベント、音楽フェスティバル「DIESEL XXX」にも出演した。サム・スパローを筆頭に、バンド・メンバー全員のファッションと佇まいがモロに80年代風。サム・スパローのヴォーカルにプリンスからの影響がある。多くの曲で、プリンスがよくだすあのファルセットとかシャウトとかをまんま多用している。この音を浴びていると昔ディスコで踊ってたあの楽しさとか思い出しす。

2010年12月25日土曜日

YouTubeにあがってたストップモーション、『オオカミはブタを食べようと思った。』が多くの工夫があって、とても良い。

作品は、コマ撮り撮影で制作されている。実写の人物や風景などの写真を素材としたものは、「ピクシレーション」と言われる。『オオカミはブタを食べようと思った。』が凝っているのは、屋外で撮影したものを、さらにプリントアウトして屋内でそれらを撮影して素材にしている点だ。公開後から反響を呼び、ニューヨークタイムズのブログで紹介されるなど、瞬く間に全世界で話題となった。そして今もなお再生数が伸び続け、再生回数は300万回を超えたのも当然か。

オオカミとブタ。Stop motion with wolf and pig.。

『オオカミはブタを食べようと思った。』が良い点はいくつもある。ストップモーション用の写真を撮って、さらにそれをストップモーションで見せている点。2重の手間だが、この作業がものすごい効果を発揮している。まず、背景を流して、その上にキャラクターを走らせることで、カット割り無しで展開を分かりやすくしている。そして、背景の写真を貼った上にオオカミとブタを走らせる。これで背景、オオカミ、ブタを同じフレームに納めずに別撮りできるし、カット割りをすることなく、展開を見せられる。

次に、3次元方向に写真を貼付けることで、空間演出を可能にしている。エレベータの脇に階段があるように見せている写真は、写真を直角方向に貼付けることで、エレベータと階段の位置関係を見せて面白くしている。また、プールを泳ぐシーンは圧巻で日常のキッチンのシンクを泳がせている。アイディアだけで、面白いものがいくらでもできそうな、素晴らしい発想。最後には、きっちりオチもつき、ドラマとしてのまとまりもある。