2014年4月27日日曜日

瀧弘子さん自身の身体を張った大きく力強い形態的な緊張感を持つ作品は彼女自身が持つ「コンプレックスと自己愛」を表現しているかのように見える。






























現代美術界の新鋭瀧弘子さん自身の身体を張った作品は、彼女自身が持つ「コンプレックスと自己愛」を表現しているかのように見える。しかし彼女の自由でユーモラスなパフォーマンスは身体の形の魅力を引き出すことに成功し鑑賞者を強く引き込む。
















また造形のシンプルで大きく力強い形態的な緊張感は、強烈な存在感を放つ。何せ生きた人間が展覧会場で作品の一部になることは、そう多くは無いので鑑賞者が戸惑いながらも強いインパクトを感じることだろう。この一連の作品は彼女が高校時代に白髪一雄氏のアクションペインティング作品から感銘を受けたことが切っ掛けになったようだ。































http://www.takihiroko.com/#!about/c10fk
身体を張った芸術という意味では「整形された自分の顔」モナリザの額やボッティチェリのビーナスの顎など、古典絵画に描かれた美女の顔のパーツに似せて、自らの顔を整形するフランスのアーティスト、オルランを思い出した。↓
http://sakainaoki.blogspot.jp/2012/07/blog-post_20.html

2014年4月26日土曜日

”芸術の源泉は「個」にあり、デザインの発端は「社会」にある”

“芸術家とデザイナーの違いはどこにあるのか  | 坂井直樹「デザインのたくらみ」 | 現代ビジネス [講談社]がバズっている。

今日現在FB「良いね!」が1,617、受ける記事と受けない記事の違いはどこにあるのだろうか?誰かに伝えてみたい、伝えやすい考え方。が受けているような気がするが、答えは藪の中。















”芸術の源泉は「個」にあり、デザインの発端は「社会」にある”

では「デザイナーという人間」の"源泉"には何があるのだろうか。個人的な意志がなく、社会の問題発見からデザインが「始まる」のであれば、人としてのおおもとには何があるのか。私はデザイナーの根本には「"なにもない"がある」と考えている。

デザインとは私たちが日々生きていくなかで通過する「見落としがちな物事の"雑音"に耳を澄ませること」なのだ。まずは日常の中に課題をみつけるところからデザインは始まる。

だから、デザインを生業とする人の底にはなにもない。芸術家がもっている「こんなものをつくりたい」「こうしたらかっこいい」「ああしたら美しい」という"自我"は存在しない。デザイナーが重視する"自分"とは、環境のなかでそれを感受する受け皿としての「個」なのだ。

デザイナーとはそのように「呼吸」する職業であり、なんというか、空虚だが豊満な人としてのあり方だと感じている。

続きは→→→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/39044

2014年4月25日金曜日

1970年代に宇宙に住む夢を追求していたNASAが構想していた3種類のスペースコロニーの想像図が素晴らしすぎる。


米ロ冷戦中の1970年代、米航空宇宙局(NASA)エイムズで宇宙に住む夢を追求していた。当時私達はすぐにでも宇宙に住める時代が来ると思っていた時代。その当時NASAが計画していた3種類のスペースコロニーの想像図が良い味を出している。

まだ「ばら色の未来」が信じられていた時代、ファンタジックな未来社会の絵を描いたイラストレーター真鍋博の描いた未来画を思い出す。

SF作品にも度々登場するトーラス型コロニー、バナール球型コロニー、シリンダー型コロニーの3種類を描いている。理論上は可能とされているがNASAの計画から約40年たった今も未だ現実には至らず。

ドーナツ型をしたトーラス型コロニー : Toroidal Colonies





バナール球型コロニー






シリンダー型コロニー





 NASA:http://settlement.arc.nasa.gov/70sArtHiRes/70sArt/art.html
真鍋博:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9F%E9%8D%8B%E5%8D%9A




2014年4月24日木曜日

本物のクマと見違えるくらい精緻なつくりの寝袋「The Great Sleeping Bear(グレート・スリーピング・ベア)」はなぜ作られたのか?



















アムステルダムを拠点に活動するeiko ishizawaさんによる作品、2006年にドイツ・バイエルンで起こった「クマ殺害のニュース」からインスパイアされて制作。












野生のクマが、イタリア側のアルプス山脈からドイツ・バイエルン側に国境を越えて逃げてきた。170年ぶりに見つかった野生のクマを、殺すか、それとも生かして自然に戻すか、人々と政府の間で議論を引き起こした。動物愛好家から多くの反対にもかかわらず、結局殺害された。











制作された190cm×73cm×78cmの大きな作品は、事件を象徴化し、アウトドアで使う寝袋として独特のシュールでリアルな作品で見る人の感情に訴えかけている。しかし「The Great Sleeping Bear」は、キャンプに持っていけば間違いなく友人を怖がらせてしまうだろう。間違ってハンターに撃たれてしまう危険性さえある。


http://eikoishizawa.com/index.php?/project/the-great-sleeping-bear/

2014年4月23日水曜日

怖いと思うくらい非常に不思議でフレキシブルな身体の使い方をする素晴らしいユニークなダンサーBones The Machine

























スティーブン·ヒルは、別名ボーン・マシンはジャマイカからやってきてブルックリンで活躍するとても特異なダンサー。一部の人々はそれが怖いと思うくらい非常に不思議でフレキシブルな身体の使い方をする素晴らしいユニークなダンサーだ。ダンスシーンの最前線にいて、パリ、モスクワなどの文化交流なども行っているが、もともとはストリートのダンサーだ。

Bones The Machine from mb! by Mercedes-Benz on Vimeo.
http://mb.mercedes-benz.com/en/92354/bones-the-machine-2/

2014年4月22日火曜日

スタンリー·キューブリックは映画を撮る以前、若いキューブリックがこれらの才能溢れる写真を残していることがとても興味深い。


Self portrait with showgirl Rosemary Williams 1948
















スタンリー·キューブリックは、ハリウッドの映画を撮る以前、若いキューブリックがこれらの写真を残していることがとても興味深い。キューブリックの特別な才能ある写真家としてのスキルを発揮する期間がかなり長かった。1940年代、17歳から22歳の頃にルック誌の見習いカメラマンとして働いていた時代キューブリックは計り知れない才能を示した。
Boxer Walter Cartier – 1948























また当時1945年には25ドルのために、彼はフランクリン·ルーズベルト大統領の死に傷心の新聞売りの写真を販売した。数ヵ月後にキューブリックは同誌の歴史の中で最年少のスタッフのカメラマンになってルック誌のスタッフに参加した。実は彼は映画制作を始める1950年まではルック誌で撮影を続けた。






















キューブリックの本の表紙に使用された写真に出てくる、ドラマ&影、ショーガール「ローズマリー・ウィリアムズ」は熱心に若いキューブリックに協力した。その他には女優ベッツィ·フォン·ファステンバーグ、ラウンド間の隅にいるプロボクサー「ウォルター·カルティエ」「ドワイトアイゼンハワー」そして「リングリング·ブラザーズ」「アンドベイリーサーカス」など様々なニューヨークの人々を生き生きと撮影してい
る。


















http://twistedsifter.com/2011/12/stanley-kubricks-new-york-photos-1940s/