左はエジソンが発明した円筒型蓄音機 |
生涯のうちに1.093件の発明を成し遂げたというエジソンは偉大な発明王だ。小学校中退というエジソン、数学も物理も学習するチャンスはなかったと想像する。エジソンの発明がなかったら我々は、どんな生活だったのか?子供の頃に、読んだ「偉人伝」の中にあった偉大な天才エジソンを思い出した。エジソンの功績は素晴らしいものがあるが、一方で改良発明も多く、盗作疑惑のあるものや、誹謗中傷を受けたものも多い。これは彼自身の性格に起因する面がある一方、エジソンの遺産相続の紛糾に起因する面もある。発明の中には、エジソンがゼロから思い付いたものなのか、他人のアイデアを改良したものであるのかが、既に分からなくなってしまっているものもある。エジソンの発明の「本当に最初の発明者」を決めるのは困難だ。
「ヒーローとしてのエジソン」
電球ができた!、だが各家庭に電気がない→各家庭に電気を売ろう!、そのために大量に電気をつくる水力発電所を作ろう!→ダムを作るため強化セメントを作ろう!→ダムを作るため山奥で働く作業員のために簡易住宅(プレハブ)を作ろう!→余った強化セメントでハイウェーを作ろう!→電気を流すため送電システムを作ろう!→家庭で簡単につなげるようにしよう!。そしてそのあとの説明文に「電球をきっかけに、発電機、強化セメント、ベニヤ板、絶縁体、そして高速道路を連鎖的に生み出しました。・・・付け加えれば、電球から始まるエジソンの発明は、ソケット、コード、スイッチ、ヒューズ、サーモスタット、サーキットブレイカー、ガムテープ、合成ゴム、プレハブ・・・数え切れません。」この世界を作った神のようだ。
「ヒールとしてのエジソン」
一般にはエジソンが白熱電球の発明者であるという説が広まっているが、白熱電球を発明したのはジョセフ・スワンである。エジソンはフィラメントに京都の竹を使った功績だけを主張。竹は後にタングステンに取って代わられる。エジソンは「電球の発明者」ではなく、電球を改良して「電灯の事業化に成功した人」と言うべきだろう。「発明王」の名を持つ。研究所が置かれたニュージャージー州のメンロパークにちなんで、「メンロパークの魔術師」 とも呼ばれた。ゼネラル・エレクトリック (GE) の雇われ社長でもあった。このほか、自らの発明の権利を守るため訴訟を厭わなかったことから「訴訟王」の異名も持つ。一方でジョルジュ・メリエスの傑作「月世界旅行」を公開前に無断で複製しアメリカ中の映画館に売りつけ巨額の富を得たという事実も存在する。
電気椅子による死刑の方法をニューヨーク市に提案した。背景には送電方法について、かつてエジソンの部下であったニコラ・テスラ(イーロン・マスクの電気自動車会社テスラモーターズの社名のもとになった)等を擁して交流を推進するウェスティングハウス・エレクトリック社との対立があった。直流送電派のエジソンは、交流発電機を使った感電の動物実験を重ね、いかに危険な送電方法かを印象づけるために、電気椅子の電源に交流の採用を画策した。すごいことを思いつくモノだ。高齢となって会社経営からは身を引くが、何と研究所に篭り死者との交信の実験を続ける。1931年10月18日、84歳でその生涯を終えた。
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