三越 |
昭和50年頃だったろうか? 東京の地下鉄銀座線には、何と三越の紙袋が車体いっぱいに、リボンをつけて現れたことがあった。お中元や御歳暮の季節にもなると目につくのが百貨店の包装紙。中身は何であれ、包装紙に包まれれば百貨店ブランドと認知される。
食品から文化まで何でも商品として売る百貨店にとって、包装紙は最も重要なブランドアイテムといえるだろう。百貨店の包装紙には、どこかテキスタイルデザインの影響が感じられるが、それは日本の老舗百貨店が呉服屋から発展したことと関係があるのかもしれない。
伊勢丹 |
明治時代の呉服屋は、品物を風呂敷に包んで得意先に持って歩いていた。たとえば伊勢丹は、丸に伊のマークがいくつも染め抜かれた真っ赤な風呂敷を使っていたそうだが、その広告効果が抜群で、伊勢丹の発展に大いに貢献したとある。
戦前まで、百貨店の包装紙の目的は「商品の保護、衛生・安全、店名のPR」だった。それに「ブランド価値を高める」という意味を加えたのが三越だ。それまでの包装紙は地味な茶色のハトロン紙に店名が印刷されたものだったが、三越は1950年に白地に赤い斑点の包装紙を誕生させる。
デザインしたのは洋画家の猪熊弦一郎で、白い紙に不定形に切り取られた赤い紙を貼って作ったという。三越の包装紙の成功で、多くの百貨店がカラー包装紙を制作するようになった。今も当時の雰囲気を残しているのは、高島屋や松坂屋。バラやカトレアの花を描かれた華やかな包装紙は、贈答品として使われることを想定したデザインである。
西武デパート |
広告効果に注目して、包装紙を「動くポスター」と考えたデザイナーもいる。映画タイトルのデザインで有名なソウル・バスは、1965年にオープンした京王百貨店の包装紙などを担当し、新興百貨店にとって客が持ち帰る包装紙やショッピングバッグが最も有効な広告媒体と考えた。50年代の映画のタイトルアニメを思わせる軽妙なイラストで鳥の群れを描いた包装紙は、マティスの切り絵と比べても遜色ない隠れた名作だと思う。
京王デパート |
現在、多くの百貨店で使われている包装紙は80年代以降のCIブームの中で制作されたもので、コーポレートマークがデザインの核になっているものがほとんど。すっきりと整理され過ぎていて面白みに欠けるのが残念だ。
伊勢丹 |
買い物とは楽しいことなのだから、もっとワクワクするような表現があってもいい。昨年、東郷神社のフリーマーケットで茶碗を買ったら昔の西武デパートの包装紙で包もうとしたので、あわてて「その包装紙をそのままください」と言ってもらって帰った。
作者は陶器のデザインで有名なスティグ・リンドベリ。そのモチーフは、リンドベリ氏自身の日本観によるもので、伝統コケシ、魚、猫、西欧的な洋食器、パイプ、ミシン等の絵柄が入り混じり、当時の新しい生活の型を生み出した日本の状況を表現している。
リンドベリの包装紙 |
リンドベリの包装紙を見た瞬間、70年代の雰囲気をリアルに思い出した。デザインが記憶を解凍したのだろう。包装紙のように、日常的に親しむデザインの面白さは、その時はさほど考えない空気のようなものだが、意外にしっかりとインクや紙の臭いや手触りとともに記憶に刻印されているのに驚く。
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